郷司裕氏、鈴木美嶺氏 平成29年野球殿堂入り表彰式

2017/05/27

 平成29年野球殿堂入りされた故・郷司裕(ごうし ひろし)氏、故・鈴木美嶺(すずき みれい)氏の殿堂入り表彰式が、5月27日(土)早慶1回戦の試合開始前に行われました。

左から、明大・中野主将、郷司裕氏ご子息・信之氏、野球殿堂博物館・熊撫泄F理事長、鈴木美嶺氏ご子息・貴彦氏、東大・山田主将


 郷司裕氏は、1932年北海道に生まれ、明治高校在学中に審判員を志しました。明治大学野球部で、審判として技術を磨き、卒業後は東京六大学をはじめとして、高校、社会人のさまざまな大会で、審判を務められました。特に高校野球では、1969年夏の松山商業対三沢高校、延長18回引分となった決勝戦と決勝再試合で、ともに球審を務めるなど、春は16回、夏も15回、決勝戦の審判を任されました。また、現役引退後も、審判員の技術向上に尽力するとともに、後進の指導にも力を注ぐなど、アマチュア野球界の発展に貢献されました。
郷司裕氏ご子息・信之氏

 鈴木美嶺氏は、1921年兵庫県に生まれ、太平洋戦争中に東京大学野球部で活躍されましたが、戦後は東京六大学野球連盟の審判員や規則委員として、また毎日新聞の運動部記者としても活躍されました。 1955年12月、プロとアマの野球規則書の合同化が決定し、その編纂委員として参画、規則書の執筆担当者として「1956年度公認野球規則」の発行に尽力し、以後亡くなるまでの長い間、「公認野球規則」制作の中心的役割を果たしました。 また、「わかりやすい公認野球規則」や「野球ルール千夜一夜」など、規則に関する書籍を著し、野球規則の正しい理解、普及に努めました。
鈴木美嶺氏ご子息・貴彦氏


左から、郷司裕氏ご子息・信之氏、鈴木美嶺氏ご子息・貴彦氏

左から、野球殿堂博物館に掲額される、郷司裕氏、鈴木美嶺氏のレリーフ。



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